April 2007

April 21, 2007

訃報

4月14日、柴山薫さんが亡くなられました。享年43歳。急性心不全の疑い。


まだどこか、信じられないままです。
何から書けばいいのだろう。


柴山さんは、アシスタント先の先輩で、お互いにデビュー前、漫画家として一人立ちする前からの長い付き合い。
やたら気の合う先輩であり、友人であり、兄のように近い存在でした。
柴山薫はペンネームですが、
本名にも「か」が付くので、その頃から「かっちゃん」と呼ばせてもらっていました。
当時若く生意気だった僕の言動も笑って受けとめてくれた、温厚で情に厚い人でした。


柴山さんの漫画はデビュー作から少し手伝わせてもらっています。
10年くらい前までは、どちらかが連載をもっていない時はヒマさえあれば遊びがてらよく助っ人にも行きましたし、来てくれました。
思い出深いのは、これはもう20年程前になりますが、真夏に風呂・クーラーなしだった彼のアパートに2週間詰めて読み切りを1本描き上げた時…。自炊したカレーを食べ、外の水道が風呂代わり。
キツかったけれど本当に楽しかった仕事の一つです。
だから、お互いの手伝い事はいつも、よほど生活に困っている時じゃなければ
お金を払う事も、もらう事もありませんでした。
少し前の電話で、柴山さんが「あの頃は楽しかったよなあ」と珍しく、さみしそうにつぶやいたのを思い出します。

思えばずっと無理をしてきたのかもしれません。
身体を酷使して、ギリギリまでベストを尽くすタイプの漫画家でした。

ただ、無理が利かなくなってきたなんて話もしていましたし、
2、3年前にひどい風邪をひいた時に初めて原稿を落としてしまい、落ち込んでいた事がありました。
若い頃から睡眠時無呼吸の気もあったり、今思えばもっとうるさく、しつこく摂生しろと言っておくべきだったのかもしれません。今思えば…。
本人もそろそろ身体に気をつけないと、と考えていたと思うのですが、あまりに突然すぎて、本人も…きっと驚いているに違いありません。


連絡は仕事中に受けました。
急なに訃報に混乱して、アシ君達を置いて一端自宅に戻り、落ち着つくため深夜の道を少し歩きました。
原稿ノルマがあるので仕事場に戻ったのですが、その日、何ページ、どんなペンを入れたのか、あまり記憶がありません。

読者が待っている職業です。本人は必ず分かってくれるはずなので、お通夜も告別式も出れなくとも仕方ないと思いましたが、
月ジャン編集部の温情で、原稿スケジュールを動かしてもらい、その両方に行ける事が出来ました。

出棺の時「早すぎる。なにやってんだよ。さみしいだろ!」と心で語りかけたら
「すまねえ、あさやん。でもしょうがねえじゃん!まあ、またな」と、僕らの、いつも通りのやりとりが頭に浮かんで、泣きながら笑ってしまった。

悲しいけれど、かっちゃんとの思い出は楽しいことばかり。
早く悲しみが去って、楽しかった事だけが残るといい。


かっちゃん、ありがとう。
安らかに。

辛気くさいのが嫌いな人だったけど、しばらくは許してほしい。
いつの日か、僕がそっちにいったら、また話そう。



at 09:55|Permalinkclip!日々